東大院生ショータのなるほどアウトプット~バイオ研究者への道~

生物学系研究者を目指す大学院生のブログ。学びや気付きのアウトプットをしていきます。

『形態学ー形づくりにみる動物進化のシナリオ』倉谷 滋 著 古典的形態学からエボデボの未来まで学べる一冊

『形態学ー形づくりにみる動物進化のシナリオ』倉谷 滋 著 (丸善出版サイエンスパレット文庫)  を読みました。日本の形態学、進化発生学の大御所中の大御所、倉谷先生の著作です。

 

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古典的な分類学や形態学の歴史から、形態進化を遺伝子と発生メカニズムから理解する進化生物学の未来まで学べる濃密な一冊。僕もショウジョウバエを使って形づくりの仕組みを研究している身として非常に読み応えがありました。

 

1. ゲーテは形態学者だった!?

    ゲーテと聞いて何を思い浮かべますか?ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテといえばドイツの文豪で、『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』などの作品で有名、というイメージでした。実はゲーテは、自然学者としての一面も持っていて、生物の形づくりについても先進的な考察をしていたそうです。例えばゲーテは、19世紀前半に植物の花は葉が変形してできたものだと考察していて、現在その認識はほぼ正しいと認められています。

 

ゲーテ形態学の主要なメッセージを思い出すならば、動物の形は同じものの繰り返し(分節性)を基調とし、さらにその分節のそれぞれが場所に応じて姿を変える(メタモルフォーゼ)ということにあった。(p.146 より)

 

僕は中学時代、『若きウェルテルの悩み』や『ゲーテ格言集』を読み耽るという極めて高尚な厨二病に罹患していた過去があります(笑) そんなゲーテと、生物の形づくりの研究で再び出会うことになるとは!まさしく知の巨人の偉大さには感嘆するばかりです。

 

 

2. ホックス遺伝子の衝撃

  多細胞生物の体は、基本的に同じものの繰り返し構造を持ちます。昆虫の体はいくつもの節が連なっていますし、私たちの体を前後に貫く脊椎も多くの脊椎骨が連なっています。発生過程ではこれらの繰り返し構造(分節)が場所に応じて姿を変え特殊化すると考えられます。前の方にある体節は頭部になり、中央付近の体節からは肢が生えるといったように。ではそれぞれの分節は自分が体のどのあたりに位置しているかをどうやって知るのでしょうか?

 

この問いの答えとして分節に位置情報を与える遺伝子群として見つかってきたのがホックス遺伝子(ホメオティック遺伝子の一種です。

 

左右相称動物の胚の前後軸上には、分節原基を将来どの形のものに変えていくかを決めるいくつかのホックス遺伝子が規則的に発現している。これらの遺伝子が作り出すタンパク質はDNA上の特定の場所に結合するスイッチのような働きを持ち、他の多くの遺伝子を制御することによって、 その分節の発生の行く末を決めるのである。まるでボディプランの青写真がゲノムに描かれていると思わせるようなこの遺伝子群は、確かに90年代以降、進化発生学第1期の研究にとって強力な推進役となった。最も衝撃だったのは、最初ショウジョウバエで発見されたこれらの遺伝子群とよく似た配列を持つものが、マウスをはじめとする脊椎動物各種のみならず、他の動物門にも広く保存されているという発見である。(p.70より)

 

高校の生物の教科書にも載っている内容ですが、改めてショウジョウバエを使った研究が生物学全体に与えた影響の大きさを知ることができる話でした。発生を司る遺伝子群は幅広い生物門でかなり共通しているらしいというのが進化発生学の魅力的なコンセプトですね。

 

 

3. カブトムシの角は肢の遺伝子の使い回し⁉︎

  昆虫を見渡して見たとき、カマキリのようにギザギザが付いた肢とか、バッタのように跳躍できる肢とか、ケラのように土を掘るシャベルのようになった肢とか色々ありますが、肢が無い昆虫はいません。肢の分節構造も基本的には共通しています。したがってこれらの肢を作る仕組みのベースは昆虫の共通祖先が持っていたものと同じで、進化の過程でそれぞれ特殊化した結果と推察できます。ところがカブトムシの角を考えてみるとどうでしょう。他の多くの昆虫には角に相当する器官が全く存在しません。カブトムシの仲間だけが角を作る遺伝子、発生メカニズムを突然獲得したように見えます。しかし実際には、肢を作るために本来持っていた遺伝子を使い回し、頭部で発現させることによって角を作っていることが分かっています。肢を作る遺伝子を使い回しして角ができるって意外ですよね! このような遺伝子の二次的使い回しを「遺伝子コ・オプション」と言います。

 

コ・オプションとは、ある器官の形成に関わっている遺伝子群や、それに基づく細胞間相互作用などの発生機構が、そのまま胚の別の場所(そして、しばしば別の時間)に「移植」され、それが、それまで祖先にまったく存在しなかったような構造をもたらすような現象をいう。典型的な例としては甲虫類の「角」がある。多くの種のオスにしばしば発達する、この角のパターン形成においては、この構造の根元から先端にかけて1セットの遺伝子が位置特異的に発現する。そしてその中で中心的機能を持つのは、先端(遠位)側で発現するDistalless遺伝子(Dll)である。ところが、このDistallessを含む遺伝子セットは、本来昆虫(を含む節足動物)の附属肢のパターン形成を行う、節足動物に普遍的なものであり、甲虫類の角にそれが現れるのは、この遺伝子セットの二次的「使い回し」にすぎない。(p.123~124より)

 

この他にも遺伝子コ・オプションの例は多数見つかっており、例えばチョウの翅の目玉模様も肢の遺伝子の使い回しと言われています。新しく獲得されたように見える形質も、もともと持っていた遺伝子を使い回して作られたものかもしれない。そう考えると、多種多様な生物の形もかなり少数の遺伝子の組み合わせで実現できるのかもしれません。(このような幅広い生物で保存され形づくりに重要な役割を果たす遺伝子群を俗に「ツールキット遺伝子」と呼びます)

 

 

 

この本を読んで19世紀から続く生物の形づくりを科学的に説明しようとする議論の流れと最新の進化発生学の概念を理解できました。古来から人間は生物を主にその形によって認識、分類してきましたが、「なぜ?どのように?その形を実現しているか」という問いに対しては現代の生物学でもまだまだ答えられないことが沢山あります。本書を足がかりに、形態学や進化発生学についてさらに学んでいきたいと思いました。